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       2012年  2011年      
  2013連合岐阜平和行動in広島へ9人が参加
   




~核兵器の廃絶と世界の恒久平和のために~

 (参加者の報告と感想を掲載しています。)
 「2013平和行動in広島」が開催され、連合岐阜から9名が参加しました。

 ☆日 程  2013年8月5日(月)~6日(火)  
 ☆内 容  1.ピース・ウォーク(広島平和記念公園内慰霊碑巡り))  
    *日時:8月5日(月)14:40~15:40
  *場所:広島平和記念公園
  *内容:連合広島の青年・女性委員のガイドで平和公園内の慰霊碑をまわる  
 平和集会会場前にて


 参加された方のピースメッセージ
    2.連合2013広島平和集会
    *日時:8月5日(月)17:00~19:00
  *場所:上野学園ホール
  *内容:折鶴献納/主催者挨拶/来賓挨拶/海外来賓挨拶/
       被爆体験の証言/ピースメッセージ/ピースフラッグリレー/
       平和アピール/合唱「原爆を許すまじ
    3.原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(広島市主催)
    *日時:8月6日(火)8:00~8:40
  *場所:平和記念公園原爆慰霊碑前
  *内容:原爆死没者名簿奉納/式辞/献花/黙とう・平和の鐘/平和宣言/
       放鳩/平和への誓い/ひろしま平和の歌

  【ピース・ウォーク】
 原爆ドーム    動員学徒慰霊碑    原爆犠牲国民学校と子どもの碑
         
 このドームは、元広島県産業奨励館で、爆心点の直下にあったため、本屋の中心部のみの残骸と化した。 核兵器の恐怖を示す「生き証人」と言える。
  増産協力、建物疎開作業などの勤労奉仕に動員された学徒は、全国で3百数十万人。 挺身された人のうち、戦禍に倒れた人は、1万余人、そのうちの6千9百余人は原爆死。   被爆した女教師が子どもを抱いて、絶望的な悲しみのまなざしで空を見あげている銅像。台座には、「太き骨は 先生ならむ そのそばに 小さき頭の骨 あつまれり」との短歌。
 原爆供養塔    原爆の子の像
     
爆心直下のこの一帯では、亡くなった人々の死体が山と積まれ火葬された。この場所に、仮納骨堂と礼拝堂が建てられ、昭和30年7月、現在の供養塔ができ、市内各地に仮埋葬されていた遺骨が納められた    被爆少女・佐々木禎子さんは、2歳8カ月で被爆し12歳で急逝白血病と診断され、「鶴を千羽折ると願いがかなう」と信じ折り続けたが、祈りもむなしく9カ月の闘病後亡くなられた。死を悼んだ全国の少年少女たちの募金で建立された。

 峠三吉詩碑    原爆死没者慰霊碑
     
被爆体験から文学の活動を通して、反戦・平和、人間の尊厳を守るたたかいに参加。昭和26年ベルリン世界青年学生平和祭に、日本の代表作品として「原爆詩集」を送り、世界的な反響を与えた。     正式には「広島平和都市記念碑」。アーチ型の碑の下には石棺があり、原子爆弾により死亡された人々のなかで、名前が判明した人々を記帳した「原爆死没者名簿」が納められている。平成25年8月6日(原爆投下から68年)、新たに、5,859人の原爆死没者名簿が納められた。


 【平和広島集会】
 主催者挨拶として連合南雲事務局長は、「原爆投下後68年経過したが、現在でも、後遺症に多くの方が苦しんでいる。連合は、核兵器の廃絶と恒久平和を実現するため、そして被爆者援護施策を充実するため各団体と連携して運動を展開していく。また、体験を風化させないためにも、連合では、全国原爆展を各地で開催している。語り部運動のDVDも作成したので、平和活動を未来へとつなげるために、学習会での活用を願う」と述べられました。

 海外からの来賓であるイザベル・ホファリンさん(ITCU・国際労働組合総連合副書記長室業務担当)からは、「持続可能な平和と民主主義を保障するとともに、社会的不公正に終止符を打ち、核兵器なき世界を実現しうる政策を、私たちはこれからも要求していきます。連帯の輪を広げましょう。」とのメッセージをいただきました。
南雲事務局長の力強いメッセージ  

イザベル・ホファリンさん
 

 
 【平和の語り部・被爆体験の証言】
  坪井直さん(広島県原爆被爆者団体協議会理事長
プロフィール:20歳の時、爆心地約1kmの路上で被爆。約40日間意識不明、現在まで10度の入院、病名「慢性再生不良貧血症・狭心症・大腸ガン・前立腺ガン」
◆88歳の高齢にもかかわらず、講演活動等多忙な日々であるが、狭心症のため「ニトロ」を携行。 坪井さんの壮絶な体験談やネバーギブアップの精神に触れ、被爆者の願いを私達が受け継いでいくことが使命であると実感しました
原爆投下直後の様子や後遺症について語られる坪井氏。語り部の高齢化が危惧される
 

 
 【平和宣言】
  松井広島市長
 「罪もない多くの市民の命を奪い、一生にわたり心身を痛め続ける核兵器は、非人道性の極みであり”絶対悪”」と述べ、核兵器廃絶を訴える国と連携を強化するよう求めました。世界へは、「核兵器の威嚇によって国の安全を守り続けることができるのか、被爆者の想いに接し、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきだ」と訴えました。
平和祈念式の模様 

 ■平和行動に参加して・・

 平和祈念式では、参列者の中に、外国人や、小学生から大学生が多かったことから、様々な国及び年齢層が興味を持ち、少しでも平和を願う心が拡がっていけばと感じました。
**猛暑の中、ピースウオークで案内をしていただいた連合広島の皆さんに、感謝いたします**