『2013平和行動in広島』に参加して

(随時、更新いたします

SK(UAゼンセン)

 マハトマガンジーの説いた「7つの社会悪」のひとつに「人間性なき科学」がある。

 平和行動は一昨年?の長崎以来、今回は世界で初めて原爆投下が行われた広島への参加で、前回と同じ事を感じた貴重な2日間となった。
 現在でも残る原爆投下の爪痕からいかにこの原爆と言うものが、人間性を忘れたモンスターだったかを感じ取ることができる。しかも現在の核兵器の破壊力はこの時代の比では無い。
 現実に日本の周辺には核保有国が存在し、戦争の当事者でなくとも他国の核兵器が日本の上空を飛ぶ事も充分考えられる。
 前回も感じた事であるが、次に核兵器のスイッチに手がかけられる時は地球の崩壊を意味するのは明白。

 本筋とは離れるが感じた事がひとつ、本来は唯一の原爆投下による被爆国として、二度とこの惨劇を繰り返さないため、世界中から核兵器が無くなるまで、無くなった後も歴史を風化させずに語り継がれる事が重要な事であると認識している。
この認識とは主旨の事なったように感じられる方々が、会場外ではあるが活動をしていた事には危機感を感じた。本来の趣旨がねじ曲がった時に悲劇は再現させるのだと思う。

 人間の英知が生み出した科学も人間性を忘れ暴走したとき、自らを滅ぼす化け物となる。
 「人間性を忘れた科学」にならないためには「節操無き政治」や「人格無き教育」を良しとしない社会であることも必須であろう。

「原爆(核兵器)」は「人間性を忘れた科学」に他ならない。

 
 
NH(交通労連)
 
 今回、平和行動in広島に参加させて頂き、ありがとうございました。

 「ピースウォークラリー」ということで、連合広島の方の案内で平和記念公園周辺の施設を見学しました。
 平和記念資料館では、原爆投下直後の焼け野原となった広島の様子が写真や模型図として残されており、とても衝撃を受けました。
 原爆ドームはガレキがそのまま残されていることを知りました。平和記念公園にある様々な肖像・石碑にはいろんな想いが詰まっていることを知りました。
 実際に目で見て、耳で聴くと実感を伴って伝わってくるものがありました。

 現在広島では、被爆体験者の高齢化が進んでおり、平和への想いや被爆体験の語り部が少なくなっているとのことです。そのため広島では新たな語り部として、被爆者を親や祖父母に持つ世代に平和への想いを継承しているとの事でした。
 自分も及びませんが、小さな語り部として、今回の平和行動で感じたことを伝えていきたいと思います。


SY(JP労組)
 
 広島で行われた平和記念式典に参加しました。また、原爆ドームや資料館を訪れ、この目で原爆が残した傷痕を見て来ました。

 この経験を通し、私の考え方が大きく変わりました。顔の皮膚がただれ、形が変わってしまった人、人の影がくっきりと残った壁・・・。生々しい原爆の傷跡を前にし、生き残った方の話しを聞くことにより、原爆の恐ろしさを改めて感じる箏ができました。
 原爆への恐怖は、時代が進むにつれ少しずつ薄れてきています。その一方で、今でも後遺症に苦しんでいる人や、自らの辛い経験を思いだし、忘れさられることのないよう語りついでくれている人の姿があります。
 
 私たちの暮らす日本は、世界唯一の被爆国です。そして原爆ドームは世界遺産ですが、世界に誇れるものではなく、負の遺産です。
 戦争や原爆の歴史を風化させることのないように、これからも平和を訴えていくことが、今を生きる私たちの使命だと思います。
貴重な体験をさせていただきありがとうございました。

 
HH(JP労組)
 
 広島に原爆が投下されて68年という長い年月が経ちました。

 私は、広島平和行動に参加しました。
 そこで見たり聞いたりしたことが、原爆の恐ろしさと戦争の悲惨さを私の心の中に刻み込みました。
 特に原爆資料館は印象的でした。3歳の子どもが乗っていた焼け焦げた二輪車、中学1年の男の子が抱えていた真っ黒に焼けたお弁当箱。子どもたちも犠牲になった原爆の恐ろしさに、戦争を絶対に繰り返してはいけないという強い気持ちでいっぱいです。

 今もなお、原爆の辛い経験を次の世代に伝えるための努力をしている人達がいます。
 私たちは、これからも原爆・戦争の悲惨さを新たな世代に伝え、恒久平和を実現させることが大切だと思います


 KK(電機連合)
 
 8月5日、6日の「2013平和行動in広島」に初めて参加しました。連合岐阜からは、計9名での参加となりました。今回の参加して改めて戦争、原爆について考えさせられました。

 5日は平和記念資料館、ピースフィールドワーク(連合広島の青年委員・女性委員のガイドで平和公園内の慰霊碑を回り説明を受ける)、連合2013平和広島集会と大変暑い中、少しハードではありましたが戦争の悲惨さ原爆の恐ろしさを体験し、原爆投下から68年経った現在も被爆によって苦労されている人々が大勢いることが、原爆の悲惨さを物語っていると感じました。

 6日は広島市原爆死没者慰霊式を見学(参加)しました。松井市長による平和宣言で、核兵器は「絶対悪」とあらためて否定した言動は大変すばらしく、参列された安倍晋三首相に響いたことと思います。しかし、核廃絶や原発問題に消極的な発言をしている首相は参加すべきかと疑問を感じました。

 また、タクシーの運転手さんの話では、慰霊式には大雨が降ったことが無いようで、その時間になると雨が止んだり小雨になることが多いという話を聞いて地球上で核廃絶を願っているのではと感じた場面もありました。

 最後に連合広島、また、多数の市民ボランティアの皆さん、そして毎年の慰霊式典を運営している関係者の方々に敬意を払うと同時に、日本中の人々が、被爆をした事実を真摯に受け止め、今後とも絶やすことがないように後世に伝えなければならないと考えさせられました。

 
 YT(電機連合)
 
 今回平和行動に参加し、戦争の悲惨さ、原爆の被害の大きさを改めて実感しました。 

 平和記念館の見学においては、戦争当時の遺品や原爆被害の展示を目の当たりにし、原爆の威力、被害の大きさを知りました。 また、平和広島集会には全国各地よりたくさんの方が集結し、坪井さんによる被爆体験の証言においては学生のころの被爆体験を生々しく語られ、原爆に対する怒りの強さを感じました。

 暑い中、原爆ドーム付近の橋で高校生が核兵器廃絶に向けた署名活動をしており、進んで署名に協力する気持ちにもなりました。

 私たちが仕事をして家族と楽しく暮らせているのは「平和だから」ということに改めて気付きました。 このような平和活動は私たちが普通に仕事をして生活ができるための活動であるとも思います。全世界から核兵器が廃絶し、平和になるまで続けていただくことを希望します。

 
HT(JEC連合)

 今まで、戦争や核兵器そして8月6日に広島、8月9日に長崎と原爆が投下された事は、学校や様々なメディアを通じて情報に触れる機会も多く、ある程度の知識はあったつもりでいました。しかし、実地を訪れ自身で感じる事は、想像以上の出来事でした。

 広島平和記念資料館では、原爆投下による放射線・熱線・爆風により、一瞬にして数多くの命が失ってしまった惨劇の資料や、何年経過しても放射線の影響で身体が蝕われ苦痛に耐える被爆者の証言VTRを見聞きしました。被爆者証言の中には「生きていてよかったと思うことは一度もなかった」と言う方も。とても苦しい日々が終生続くのだろうと思うと・・・。目を閉じると、辛い日々の光景が目に浮かびます。核兵器の恐ろしさを強く感じました。資料館のガイドさんと放射線の影響についてお話をした際、「熱や風は、体で感じる事が出来るが、放射線は分からない。放射線の影響は、数日・1年・数年経過してから、身体に影響が出てくる。本当に恐ろしいよ・・・。福島第一原発事故での放射線の人体影響が、出なければ良いのだが・・・。」と言ってました。放射線の恐怖を体験した事がある人でないと、この様な事は言えません。感慨深いものがありました。

 ピースフィールドワークでは、連合広島の役員さんの案内で数多くの慰霊碑を周りましたが、どの慰霊碑にも恒久平和への思いを強く感じました。
 連合2013平和広島集会では、平和の語り部:被爆体験の証言として被爆者の坪井さんから、原爆投下前の広島の様子や投下後の惨状、満身創痍になりながらも家屋に埋もれてしまった人を助けようとした事、被爆の影響で様々な病気になってしまった事、命の大切さや生きる権利についてのお話を聞く事ができました。その中でも、命の大切さや生きる権利について、深く感銘を受けました。

 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式で、広島市長の松井さんが平和宣言の中で、核兵器を「絶対悪」とあらためて否定し、世界の指導者に廃絶への取り組みを求めました。年々減少傾向にあるものの、ロシア・アメリカ・フランス・中国を始めとした世界各国に約2万発の核兵器があると言われています。68年前の広島で、一瞬にして14万人余りの尊い命を奪った惨状を考えれば、世代を継いで核兵器の廃絶に取り組む事を決して忘れてはならないと思いました。

 「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界の恒久平和について、あらためて考えさせられる2日間となり貴重な体験をさせて頂きました。

 
YY(JEC連合)
 
(作成中)