『2013平和行動in長崎』に参加して

(随時、更新いたします

HN(自動車総連)
 
長崎への原爆投下から68年目となる「原爆の日」に合わせて8月8〜9日で開催された、連合主催「2013平和行動in長崎」に参加してきました。全国から連合の仲間が参加し平和への祈りを捧げる中、東海3県(愛知・三重・岐阜)合同で38名が参加しました。
 記録的な猛暑が続く中、被爆者の話や原爆被害の状況を現場で見聞きして当時を思い悼むと共に、長崎の歴史や文化について改めて学んだ、とても良い機会でした。

■連合2013平和長崎集会
 基調講演では、「2015核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議へ向けた課題と対応」と題して広瀬氏が講演されました。長崎大学核兵器廃絶研究センターに勤務する広瀬氏は、今年4月NPT共同声明に日本政府が署名しなかった点を批判し、核兵器の人道的側面に触れ、唯一の被爆国として世界的な核兵器廃絶についてスピードアップを訴えました。
 被爆者の訴えでは、当時8歳だった奥村さん(75歳)が、家族を一瞬の間に亡くした悲しさを涙ながらに話され心を打ちました。語り部も高齢化が進み、後継者の問題が深刻になっています。高校生平和大使をはじめ長崎平和推進協会の皆さんが中心になり、継承の為に様々な活動をされていますが、我々一人ひとりが各職場に戻り、核兵器の恐ろしさや平和の尊さを家族や職場の仲間に伝えていく重要性を感じました。

■被爆68周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典
2日目は午前中に平和祈念式典が平和公園において行われました。
68年前に原爆が投下された11:02に黙祷を一斉に行い追悼の意を表した後、田上長崎市長が平和宣言で、日本政府に被爆国として原点に返る事を求め、アメリカとロシアには核弾頭削減を呼びかけました。今後、被爆者の高齢化は進む一方で、さらなる援護の充実が求められます。今の若い世代が被爆者の声を直接聞ける最後の世代となる。自分達が住む世界や、自分の子供が生きる未来に核兵器が存在していいのかと問いかけました。
一方、安倍総理の挨拶では、「核兵器の人道的影響に関する共同声明」に賛同署名しなかった点については一切触れられず、個人的には残念な気がしました。

■ピースウォーク
37度を超す猛暑の中、14:00からピースウォークを行いました。
連合岐阜は集合が一番早く、9つのポイントを先頭で回り、10名全員がピースウォークを無事完走しました。参加者からは「今、1時間歩くだけでも、こんなに暑くて喉が渇くのに、68年前の当時、原爆が落ちて一瞬のうちに何もかもが無くなった戦禍の中を、子供達が生き惑う様子を思い浮かべると、戦争は二度と繰り返してはダメだ(核兵器廃絶)」と声が上がりました。

■終わりに…
 今回の行動を通じて特に感じたことは、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現という壮大な課題に対して、唯一の被爆国である日本は、特別な立場で今後も臨まなければならないという事です。「働くことを軸とした安心社会の実現」を目指す連合としても、少し次元は異なりますが、核兵器の廃絶や世界恒久平和の実現は大前提として求める必要があります。
 自分達の子供や孫の世代の平和は勿論のこと、恒久的な世界平和は人類共通の願いです。
 現地を訪れ、原爆の恐ろしさや被爆者の現状を見て聞いて感じた事は、日本政府の世界平和に対するリーダーシップへの期待に他なりません。
 原爆で亡くなられた方々や、今なお苦しんでおられる被爆者の皆さんに哀悼の意を捧げると共に、核兵器廃絶や世界恒久平和に対する日本の立ち位置と、被爆者の高齢化に伴う語り部を含めた継承の難しさについて考えさせられた2日間でした。
 
KI(自治労)
  
(作成中)
KS(自治労)
 世界唯一の被爆体験を持つ国民として、原爆の悲惨さ恐ろしさを、未来に生きる子どもたちの為に伝えていかなければならないと、勉強会や平和に関する集会などに参加しています。今回、私も初めて長崎に起こった悲惨な事実を再認識することができました。
 学生の頃に教わった戦争の悲劇や原爆の恐ろしさを、今回まで忘れていたほどです。

連合2013平和長崎集会
 3,000人余りが参加したこの集会の規模に驚きました。全国各地から参加した連合の仲間たちと、地元の連合の皆さんの熱い思いが伝わりました。
 長崎知事をはじめ、長崎県民の皆さんが快く向いいれてくだいました。
 被爆者の訴えでは、当時のことを心を痛めながらお話をされる姿に感動し、また、お話された内容に涙し、今の世に生まれてきて良かったと確認した時間でした。今の平和な日本が存在する意味やこれからも平和であり続けなければならない事などを、考えた時間でした。
高校生の平和の大使として就任された皆さん…日本中や世界に向けて世界永久平和と核廃絶への取り組みを願い、募金活動や平和活動のボランティアを行い、スイス国連欧州本部で訴えをするなど、多くの活動に感激いたしました。 
 長崎原爆犠牲者慰霊平和記念式典
 よくテレビで見る光景…まさか、自分がこの場所に立てるとは思いませんでした。昨日の集会から、平和を思う気持ちがたがぶる中でしたので、この式典に参加することに感謝いたしました。
 多くの国会議員の方々や各国の大使の方々、遺族の方々…その中で厳粛な式典に参加することができました。この先、このような機会があるでしょうか…。
 暑い日でした…同じように、原爆を投下された方々の当時も熱かったと聞きます。今は、水分補給することができ、日陰に入ることができますが、その頃は水を求め亡くなった方が多いと聞きました。
 今、日本では不自由のない生活ができています。これも、戦争から復興されてきた先人の方々のお陰であり、平和をこよなく大切にしている国民性だと感じます。
 この平和をいつまでも…日本だけではなく、世界中は平和になることが大切であると感じました。

 ピースウォーク
 1時間という短い時間で、原爆の恐ろしさや現実のものなどに触れることができました。
 個人的な旅行では、このような詳しい事の説明を受けることはないでしょう。
 現地のスタッフの方に感謝です。

 最後に今回、貴重な体験をさせていただいた、岐阜県自治労本部、岐阜県連合会の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
 
HY(基幹労連)
 8月8〜9日の2日間「2013平和行動in長崎」に参加してきました。
このような行事に参加するのは初めてで、平和について今までに無く深く考えさせられました。とても貴重な体験ができ感謝しています。

 1日目の長崎県立総合体育館においての連合2013平和長崎集会では、被爆者の悲惨な訴えや、様々な活動で、語り伝えていく重要性を感じ、一人でも多くの方にこの場を体験して欲しいと思いました。
 2日目は、被爆68周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が平和公園において行われ、その後、暑い中でしたがピースウォークを1時間ほど行いました。ボランティアの方の説明を聞かないと判らない事もありとても勉強になりました。毎年式典のこの日だけではなく日常的にも現実を伝えていく事が重要ではないかと思いました。
今回感じたことは、過去に起きた間違いの現実を知り、後世に語り継ぎ、核の廃絶や世界恒久平和の実現を訴えていく事が重要だと思いました。
毎年この時期になると、平和祈念式典・終戦記念日などのイベントがあり、テレビなどでも特集がありますが、今回は特に関心を持ち様々な意見を聞きました。しかし、世界中には戦争やテロが頻繁に起こるし、核兵器がまだ1万7千発もあるのが現実だそうです。
核兵器の撲滅に向け声を大にして訴えて行きたいものです。

最後に、世界平和は共通の願いです。人が人を殺(あや)めてはいけません。戦争中に人を殺(あや)めるのは合法です。だから戦争はしてはいけません。過ちを繰り返してはいけません。
世界中から戦争が無くなる事を願います。核兵器が無くなる事を願います。


 HT(基幹労連)
 今回初めて参加させて頂きました。
昨今の猛暑の中ではありますが、68年前の同時期に原爆が投下された際の爆風と熱線を思えば、涼しい方だと感じさせられました。
【平和長崎集会】
長崎県立総合体育館において連合2013平和長崎集会が開催され被爆者の方が、今も脅かされている被爆体験を切実に講義され、非常に考えさせられました。語り部の方や合唱された方々の原爆に対する気持ちが良く表現されていて感動しました。
【被爆68周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典】
平和祈念式典が平和公園で執り行われ参加しました。TVでは拝見したことがありますが、自分がその場にいる事が非常に良い経験になりました。11:02に黙祷の時間になると長崎中が静まり返った事が印象的でした。平和祈念像の手の示す意味が初めて分かりみんなに教えてあげました。猛暑ということでボランティアの高校生に水とおしぼりを配布して頂いて助かりました。
【ピースウォーク】
グループ毎に分かれて原爆に由来のあるポイントで説明を受けながら回りました。ポイントを絞った説明でよく理解でき原爆の恐ろしさと生々しさがひしひしと伝わってきました。
【終わりに】
今回、平和行動に参加して感じたことは、今もなお世界中で内戦が起きていますが、平和の有難さを感じました。一番記憶に残ったことは、平和の泉に記されている碑文です。言葉は簡単ですが、ボランティアの方の説明にもあったように、非常に重い内容で戦争の悲惨さや原爆の恐ろしさを感じ取れる文章だと認識し、そのような目で見るようになりました。非常に恐縮ですが、今まで原爆と言えば先ず広島と言うイメージと印象が強かったのですが、この年になり認識を改めました。最後に、毎年この様な企画を催され引率される方々のご苦労に感謝申し上げます。
ありがとございました。
 
MY(電力総連)
2日間にわたり平和行動in長崎に参加させていただきました。

1日目に「連合2013長崎平和集会」に参加し、多くの方が原爆排除のための活動をしていることを知りました。その中でも全国の高校生が活発的な活動をしていることには驚きました。若い世代が世界の国々に向けて原爆排除を訴えるというのは、非常にすばらしいことだと感じます。

2日目に「被爆68周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」および「ピースウォーク」に参加しましたが、真夏の日中ということもあり非常に暑かったです。きっと、原爆が投下された時も非常に暑い日だったのではないかと思います。そんな中、水も飲めずやけどした体を冷やすこともできなかったことを想像すると、悲痛な思いになります。
平和公園の入り口の石板に「どうしでも水が欲しくて、とうとう油の浮いた水を飲んでしまいました」と刻んであります。二度と同じことを繰り返してはいけないと、強く思いました。

2日間を通して、改めて原爆の悲惨さを考えさせられました。
今でも原爆保有国はたくさんあり、作り続けている国もあります。いつの日か世界から全ての原爆が無くなることを切に願います。
私が協力できることは本当に些細なことだと思いますが、平和行動で感じたことを職場等で伝えていきたいと思います。今回の平和行動に参加できたことにより、自分の考え方・感じ方が変わりました。参加できたことに感謝致します。
ありがとうございました

 
HO(電力総連)
 8月8〜9日の2日間にわたり、「平和行動in長崎」に参加させていただきました。
8月9日長崎市に原爆が投下されて68年がたった現在、原爆の犠牲となった方々、今もなお被爆の後遺症に苦しんでおられる皆様に心からお見舞いを申し上げます。

 平和祈念式典参列後には、ジリジリと照りつける炎天下のもと、平和行動の一環としてピースウォークを行いました。
 原爆投下中心碑から平和の泉、そして平和記念像等をめぐり、当時の歴史についてお話を聞きました。厳粛なムードもあり、暑さよりも原爆の恐ろしさ、悲惨さを改めて感じました。
 また、原爆資料館では当時の写真や遺品など見学することにより、改めて戦争の怖さを学ぶことができました。

 今回の経験を活かし、過去の事ではなく、今後に伝えていかなければならないと実感しました。唯一の被爆国として、二度とこのような悲惨な事態が起きないよう、非核三原則を堅持しつつ7、核兵器の廃絶に訴え、誓いたいと思います。
 最後に、今回「平和行動in長崎」に参加させていただき、本当にありがとうございました。
 
YH(情報労連)
 今回、平和行動に初参加ということで「2013平和行動in長崎」にて貴重な体験をさせていただきました。2日間の工程の中「連合2013平和長崎集会」、「長崎原爆犠牲者慰霊平和式典」、「ピースウォーク」、「原爆資料館見学」を通じ、長崎における原爆被害についての理解を広げ深めました。
集会の中で、被爆者の方の体験を聞くことができました。原爆被害に関しては資料でも知ることはできます。しかし生の声で聞くことで、原爆によってもたらされた被害の実情や凄惨さをより身近に感じることができました。これはこれまでの知るだけでは得られなかったものです。
 今年で終戦から68年が経ちました。被爆者の方々も高齢化が進んでおり、あと数十年もすれば貴重な生の声を聞くこともできなくなってしまいます。また終戦日を正しく答えられない若者も増えているなど、時が経つにつれて戦争に対する意識も薄れてしまっているのではないかという危惧もあります。
 また国連労働組合総連合の方のスピーチの中で、人間らしい生活条件や労働条件の欠如は平和を脅かす政治的選択や個人的選択へ向かわせる要因になるという一節がありました。悪条件での生活・労働がやがて戦争など過激な事態へ繋がる恐れがあるということです。労働組合が労働条件の向上のため活動することは平和維持への一助になっていると感じ、組合活動の重要性を再認識しました。
 今後も労働組合として広島・長崎の平和行動に積極的に参加・協力し、また平和行動の参加したことがない組合員や若い組合員にも広く参加を呼び掛けていこうと思います。最後に「平和行動in長崎」に参加させていただいたことに感謝いたします。

 
SK(JR連合)
 2013年8月8日〜9日の2日間、平和行動in長崎に参加させていただきました。
 戦争・原爆については、テレビ・新聞・本などでしか知らない程度した。しかし、今回の平和行動で戦争の悲惨さ、原爆の恐ろしさを深く思い知らされる貴重な体験となりました。
 現在でも被爆され後遺症の残った方々の苦しみ、戦争の爪跡が生々しく残った建造物を目の当たりにし、二度と同じことを繰り返してはいけないと強く思いました。今回、経験し感じたことをけっして忘れることなく、今後私は、平和であることがいかに素晴らしいことなのかを少しでも多くの人に伝えていければと感じました。
 また、一緒に同行された連合のメンバーの皆様とは大変暑い中でしたが、声を掛け合い楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございました。