『2014平和行動in長崎』に参加して

(随時、更新いたします

HT(UAゼンセン)
平和について考える機会は中学校の時の修学旅行で広島を訪れる時にした程度です。広島では原爆ドーム・原爆資料館を見学して被爆者の方のお話しを直接伺いました。お話しを伺った時は原爆でひどい被害があり大勢の方が亡くなり、現在も後遺症で多くの方が苦しまれているのだと感じました。その当時は、勉強をして戦争や原子爆弾について考えや思いはありました。しかし、日が経つにつれ過去の出来事で他人事のようになり、毎年開催される広島・長崎の記念式典はニュースで見たり新聞で読んだりする程度となり、普段何気なく送っている生活が当たり前、そして戦争について何も思わないようになっていきました
しかし、憲法9条の解釈変更で「集団的自衛権」の話が出てきたころから、戦争は二度と行ってはいけない。平和国家であり続けたい気持ちが強くなりました。そして閣議決定がされた以降、日本が今まで掲げていた平和国家・戦争放棄が一段と危うくなっていくように感じられ、このまま進めば日本は過去と同じ過ちを起こす可能性が出てくる気がしてなりません。
 そこで今回日程の都合がついた連合2014平和ナガサキ集会に参加しようと思い参加させて頂きました。

連合2014平和ナガサキ集会に参加して、色々な人のあいさつ、基調講演、被爆者の方の話し、高校生平和大使とナガサキユース代表団のメッセージ、親子での構成詩など内容の濃い集会だったと思います。
 被爆国日本だから出きる事・やらなければいけない事があると思いました。
 戦争体験者・被爆者の方の減少により生の声が届かなくなってきており、平和に対する取り組みに多くの若者に参加をして頂き後世までしっかりと受け継いだ活動をしていかなければいけないと感じました。
 被爆者の方で実体験をお話される方、伝える方が減っていくのには危惧します。そんな中、原田さんのお話を生で聞くことが出来、戦争の恐ろしさ・原子爆弾投下後の生々しい状況など私たちが知ることのできない貴重なお話で大変ためになり良かったです。今後も伝えて頂きたいと思います。

高校生平和大使とナガサキユース代表団の方の活躍に期待すると共に大役を担って頂けるものと確信しております。若い世代の方が、戦争や原子爆弾について語り継いでいくことによって、次世代の方にも繋がっていくと思います

また、親子での構成詩は、老若男女問わず舞台での歌と朗読に感動いたしました。参加者全員が一緒懸命に練習をされ発表されたことがひしひしと伝わってきました。お話だけでなく出演者と観客が一帯感を持って出来たことは非常に良かったと思います。単なる集会、話しや講演のみでなく今後もこのような演出があると良いです。親子で参加して楽しむことが出来る企画なども取り入れ、参加人数を増やし、若い人に後世に伝えて頂くのも一手だと思います。
 全国から3,000人を超える人が参加されたのには驚きました。
 今後、私も平和活動の一旦を担うような活動や署名等には積極的に参加して行こうと決心をしました。
 ひとりの小さな行動かもしれませんが、その力が多くの方を動かす原動力になるはずだと信じています。

2日目は、長崎平和公園での記念式典に参加予定でしたが、台風の影響で帰りの飛行機(長崎夜発の便)の欠航が早々と決まりました。帰りは陸路での移動となり移動時間を考えると式典終了後の移動では時間的に無理があるとの判断と、台風の進路状況によっては陸路での移動も出来ない可能性が出てくるとの判断で、記念式典に参加せず帰路につくことを決定されました。参加者の方の安全と帰路の確保からいって、決定自体は良い判断だと考えます。ただ、記念式典に出席できなかったのが残念でなりません。
 次回参加する機会があれば記念式典にも出席したいと思います。団長をはじめ事務局の方、参加されました皆さんには大変お世話になりました。有難う御座いました。今後の皆さんのご活躍とご健勝をお祈りいたします。




UD(UAゼンセン)
                          (作成中)
 
KM(UAゼンセン)
平和行動の一環として私は今年長崎を訪れました。私が平和行動長崎に参加するのは今回で2度目です。今年は台風の影響もあり、すべての行程を終えることができず本当に残念に思っています。

そんな中で、とても印象に残ったことがあります。長崎空港から1日目の「連合2014平和ナガサキ集会」の会場までバスで移動する際に、長崎で生まれ育ったというバスガイドさんのお話を聞いた時の事です。
連合の活動として毎年「平和行動」として各地を回っているという話をしたとき、こうして毎年式典に合わせて、全国からたくさんの人が平和を想い、原爆について学ぶために集まってきてくださることは、ここで生まれ育った者として本当にありがたいことです、とおっしゃっていました。その言葉を聞いて私はとても感動したことを覚えています。原爆の被害に遭った地元に住んでいるので私たちより身近なものであるのは確かですが、バスガイドさんは戦後の生まれですので「原爆」というものを体感したわけではありません。
しかし、それでもこうした活動の一つひとつがそこに住む人たちの心に響き、ちゃんと届いているのだと感じました。そして改めてその重要性と意義を知ることができました。

私は、今回訪れた長崎と北方領土問題について学ぶため北海道に行きました。連合が主催する平和行動にはあと広島と沖縄があります。今後はそちらについても是非参加させて頂きたいと思っています。

 
MK(UA)
                         (作成中)

 MK(JP労組)
(作成中)
 
 HY(JP労組)
                        (作成中)

KM(電機連合)
爆風で体が飛ばされる、圧力で内臓が破裂している。熱線で体が焼かれる。そして目に見えない放射線が、徐々に体を蝕んでいく。低温やけどでのどがやられ、水を飲むと水ぶくれになって窒息して死んでしまう。さまざまな原爆がもたらす人的被害は想像を絶するものであることを知りました。原爆を落とす側の人間(国)、保有している国は、このことをどこまで想像しているのでしょうか?

想像してみてください、自分の子供の手脚が切られ、家屋の下敷きになっている姿を。
自分の子供が、自分が死んだ姿を見た後に飢えと苦しみで路頭に迷う姿を。
それでもあなたは戦争を選ぶのか、それでも武器(核兵器)を選ぶのか?
このフレーズも胸に刺さりました。

「原爆は絶対悪である。」これまでその認識が薄かった自分がいた気がします。何か原爆を正当化できる部分もあるのではないかと思っていたのかもしれません。今回の平和集会で感じたことは、絶対悪であることから思考をスタートさせ、戦争・核兵器反対を繰り返し言い続けていくことが大切だということです。
69年経った今、NPTなどで核の廃絶が広がっている一方で、最近では集団的自衛権の話で、日本が戦争に関与できる範囲が広まろうとしていると捉えています。日本が国際社会に協調していくため、国益のためであることは何となくわかるつもりです。外交でなめられっぱなしの部分で歯がゆさを覚えるのも確かです。ただし、犠牲になる人のことを考えた立場で一番強く発言できる国でもあることも忘れずに、戦争をなくす方向性へのリーダーシップをとれる国になってほしいです。3度目の原爆は世界のどこにおいてもなにがあっても、おとされてはいけません。今回の経験を通じて、そのことは家族・同僚に強く言え伝えたいと思います。

原爆について深く考えることができた貴重な経験でした。今回参加させていただいた平和行動は永久的に継続してほしいですし、自分の周りへも参加の声掛けをして行きたいと思いました。

事務局(幹事)の皆様、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
KR 
 2014年8月8日、9日「2014平和行動in長崎」に参加しました。
私は数年おきに平和行動に参加しています。
今回の長崎の平和行動は10年前くらいに参加した記憶があり久しぶりの参加です。
長崎、沖縄、広島・・・それぞれ参加したその時は、核兵器の脅威や戦争の悲惨さに心を打たれ「平和の尊さ」を強く願います。
しかし、残念なことにその想いも時が経つにつれて少しずつ薄れていきます。
それが、「風化」なんだろうと感じました。また「被爆者手帳」を持っておられた37万2000人の人も19万2700人まで減り、平均年齢も高齢化。活動を停止する地方の団体も増えて核兵器廃絶を次世代へ訴える体験の継承が大きな課題と聞きました。
風化させないためにも、今を生きている私たちが次世代へ訴え伝えることの大切さを再認識させられました。
同時に連合としてのこの平和行動を続けることの重要性を改めて感じました。
平和行動はどうしても平日であることから、参加しづらいかもしれませんが、ひとりでも多くの方々に参加していただき、平和であり続けることの大切さを考えるきっかけとなってほしいです。

※今回は台風の接近に伴い、二日目の祈念式典とピースウォークは断念。
機会があればまた参加させていただきます。