『2015平和行動in広島』に参加して



U・D(UAゼンセン)

  平和行動広島
戦後70周年と云う節目の年に平和行動イン広島に参加させて頂きました。
広島の地に降り立ち、原爆ドームを見たときは衝撃的でした。 この建物にどれ程の犠牲者の感情が込められているのか…。 悲しみ、憎しみ、無念さ…。
それと同時に原爆に対し、慷慨の念に駆られました。 昨今、様々な問題がニュースに取り沙汰されています。 平和な世の中を築き上げてくれた犠牲者に対し、私達には何が正しい事なのか理解する努力をし、その考えた力を未来に引き渡す事が大切だと私は考えます。 過ちを繰り返さぬ様、議論する義務が私達にはあります。 それと同時に、心静かに安寧を祈り、全ての犠牲者に対し哀悼の意を捧げることを私達は忘れてはいけない。
今回、平和行動に参加させて頂き、改めて考える機会を与えて頂きましてありがとうございました。

S・Y(UAゼンセン)

  2015平和行動in広島
         平和行動に今年初めて参加させていただいた。組合の青年部として多々地域活動に参加してきたが全国規模での活動は初めてでありとても貴重な体験をすることができた。  もともと原爆の広島、長崎と過去の歴史に興味もあり自分の目で見ることでどう感じ、今後どう行動していかなければならないのかを見つけられるのではと参加を表明した。
1日目の平和記念公園でのピースウォークや被爆体験者の講和を聞き多々感じるものがあった。被害側の日本としてはもう二度と同じことを起こさせてはいけないという訴えは当然な意見であり、日本以外にも世界共通認識として核廃止を訴えていかなければならないことだと強く感じた。現実なかなか変化することは困難だと感じるが。  今回の参加で強く感じたことは日本以外の国の方々の意見を聞いてみたいと感じた。今年は70年目ということもあり観光客やボーイスカウトの方など非常に多くの外国人がいた。彼らは原爆ドーム、資料館で実際にあった過去の凄まじい歴史を見てどう感じているのかを知りたくなった。ただ何とも思わないのか、核爆弾を繰り返してはいけないと思うのか彼らの表情を見ながら外国の方々とのコミュニケーションができるツールがあれば良いなと感じた。
 今回は広島でしたが可能であれば長崎、沖縄、北海道と参加してみたいと思った。 平和行動以外にも北方領土返還運動などまた違ったことの体験により勉強にもなるし考える機会にもなる。青年部でも今回の活動内容などPRし組合員に興味や参加を集う仕掛けもできればと感じている。
以 上

M・I(UAゼンセン)

  2015平和行動in広島に参加して
今年は戦後70年という節目の年でもあり、今回の平和行動に強く参加したいという想いがありました。
特に広島は子供の頃に読んだ「はだしのゲン」の強烈なイメージがあり、日本人として必ず生涯で一度は慰霊に訪れたいと思っていた場所でした。広島は世界で初めて原爆が投下された地であり、終戦の年である昭和20年末までに原爆の影響により亡くなった方の数は、14万人と言われています。さらには終戦後5年間で原爆の影響により亡くなった人の数は20万人を超え、今もなお苦しんでいる方が大勢いらっしゃいます。私が生まれ育った街の人口が現在約16万人ですので、その8割が戦後半年程で亡くなったということになります。考えられないことです。
今回、広島の地を訪れた際にたくさんの現地の方と話す機会がありました。その多くの方が、遠いところからわざわざ来てくれて本当にありがとう、ここに住む者として心から感謝していますとおっしゃいました。ここに住む若い人たちの多くが、この地にいつ原爆が落とされたのか、どんな戦争だったか正しく答えることができなくなっていると。また、実際に被ばくを体験された方がその経験をどうにか若い人たちに知ってほしいと活動しているのとは裏腹に、体験を語る場も減ってきている、もう話ができるのもわずかな時間しか残されてないのに、と嘆いていらっしゃいました。
学校の勉強では縄文時代とか戦国時代の勉強はたくさんするのに、近代の歴史や戦争については皆無と言っていいほど教えられていない。何が原因で戦争が起こり、誰が悪くて、どのようなことが行われ、被害がどのくらいあり、体験した人たちの生活やどんな想いをしたのか等、しっかり国として教育してほしいと、切に訴えていらっしゃいました。
今回の式典に合わせ、若い外国の方も多くみられました。彼らは原爆や戦争について触れ、式典に参加し、どのような感想を持ったのでしょうか。 敗戦国となった日本の戦争犯罪は裁かれましたが、アメリカを筆頭に勝戦国となった国の国際法違反や戦争犯罪は裁かれることなく、すべての行いは正当化されてきました。新しい核兵器は作らない、なくすと言いながら当時日本に落とされた原爆の何倍、何十倍にも匹敵するエネルギーをもった兵器を競うように開発し続けている国も多数あります。はたして核兵器に対して核兵器を持つことが抑止力になるのでしょうか?核兵器を持つ国があるから、それに対抗するために核兵器を持って武装しなければならないのではないか。つまり核兵器を世界中からなくせば持つ必要もなくなるはずではないでしょうか。核の恐ろしさを一番知っているはずの日本でさえ、核の開発を正当化しさらにそれを推し進めようとしています。
私の願いとしてはすべての国から核兵器やそれに代わる兵器がなくなり、さらに核に頼らない世界になってほしいということです。それには若い世代の人たちに戦争の悲惨さや恐ろしさをしっかりと知ってもらい、正しい知識を持ち、世界中の人が手を取り合って行動していくことが何より必要であると感じました。

D・M(交通労連)

  2015平和行動in広島に参加して
戦後70年という節目の年に平和行動に参加させていただきました。平和行動への参加は、今回が初めてでしたが、節目ということもあってか、予想していた以上の参拝者数に圧倒され続けた二日間でした。
 ピース・ウォークでは、平和への願いと過去の過ちを繰り返さないため、宗教・人種を越えて慰霊されていることが感じられた平和記念公園を見学し、その後、原子爆弾投下直後の惨状を伝えるための平和記念資料館を見学し、いままで映像でしか見ることのなかった遺品や資料を見ることができ、原子爆弾の恐ろしさを一層感じることができました。
また、平和ヒロシマ集会では、今もなお被爆の後遺症に苦しむ方々の訴えを聞き、次世代へ継承しくことの重要性や、核兵器廃絶に向け引き続き訴えていかなければならないことを改めて感じることができました。
最後になりますが、このような貴重な機会を与えていただいた連合岐阜の方々、平和行動全体を運営していただいた連合広島の方々に感謝申し上げます。  

M・T(JP労組)

 
2015平和行動in広島に参加して
平和行動に参加することができて、とてもよかったです。 5日、連合広島の委員さんのガイドでのピース・ウォークで、教科書などでしか見てなかった原爆ドームから始まり、それぞれの慰霊碑の説明を受けながら、巡ることができました。
 連合2015平和ヒロシマ集会、 被爆された方の話を聞くことができました。
6日広島市原爆死没者慰霊式 、この場所で黙祷することができました。
私には三人の男の子どもがいます。子どもたちが戦場に行くなんてこと考えたくもありません。戦場に行かなくても 頭上を戦闘機が飛び回り いつ空襲されるかわからない恐怖。 毎日平和に暮らしている私には、とても耐えられるものではなさそうです。
 広島市長の平和宣言、子どもたちの平和の誓い、当たり前の平和なこと・日々、 いつまでもこの日々を続けていくことが大切だと思います。

C・A(JP労組)

  広島ピースウォークラリーに参加して
                  平成27年8月5日広島市で行われた連合主催のピースウォークラリーに初めて参加させてもらいました。初めて訪れる広島、初めて生で見る原爆ドーム。原爆の体験や遺産など全て生のものを見るのは初めてでした。その中で、印象深かったことは地元である広島の方たちが言われていた言葉です。「8月6日という日は、国も宗教も関係なくただ原爆で亡くなった多くの人たちを弔うための日であった。最近はお祭りのようになってしまった」
 戦争を知らない我々世代は、戦後70年の時を経て広島、長崎に原爆が落ちた日やその時刻を知らない人が増えてきているといいます。戦争や原爆の被害の現実を子供たちに見せたくない、伝えていかない親が増えているからだと直感しました。
 このピースウォークラリーに参加し、ボランティアで慰霊の碑の説明をしてくださった方たちの思いや話を聞いているうちに、二度と悲しいことが起こらないように後世に伝えていくのは私たち親にかかっているんだなとつくづく感じました。
 貴重な一日を与えていただきありがとうございました。

T・W(電機連合)

  私は、今回初めて平和行動に参加し、広島を訪れました。
今回の平和行動では、1日目にピースウォーク、平和ヒロシマ集会に参加させて頂き、連合広島の方々、また被爆された坪井さん、清水さんから当時の悲惨な状況、被爆の瞬間の体験を聞き、原爆投下は絶対に防がなければならないものであると改めて感じました。また、現在、原爆投下の日や原爆を投下した国を答えられない人が増えていることを聞き、悲しさを感じました。
2日目では、8月6日、暑さの中、蝉の鳴き声を聞き、平和記念公園近くで8時15分を迎えた時、70年前の今日、この瞬間が、どんな状況であったのかを想像し、平和記念資料館で見たものや前日に聞いた話がより胸に響き、すごく心に感じるものがありました。
今回の経験で感じたこの思いは、周りの方々に伝えて行かなければならないと感じました。また、私たちの年代が今の子供たちにしっかりと正しい知識を伝えること、今回感じた思いを伝えていくことが大切であると感じました。
今回、初めて参加させて頂きましたが、本当に良い経験が出来ました。ありがとうございました。

M・T(JR連合)

  「2015 平和の集い IN 広島 」に参加して
   8月5日から8月6日にかけて、連合岐阜「2015平和の集いIN広島」に参加して参りました。晴天に恵まれて、「あの日」と同じ暑さだったと思います。  被爆前日の8月5日に平和公園を中心にウォークラリーとして、慰霊碑、史跡を巡りました。地元の「連合広島」の方々による慰霊碑の説明を聞きながら、あの日、焼き尽くされた人々の想いを思うと、無念と苦痛でいたたまれなくなり、70年後の今も無言の訴えが聞こえてくる気がしました。
70年を経過して、今年ほど「平和への想い」が強く感じた年はありません。数多くの犠牲者により今日の平和が成り立っています。この平和が今後も続くように私たちは祈り、考え、行動しなくてはいけません。安保法制の強引なやり方など将来を左右する出来事が数多く起きている今、決して私たちは無関係という訳にはいきません。
世界各地から広島の地を訪れた人々が沢山いました。一人一人が70年前の惨劇を繰り返してはいけないと心に刻んだと考えています。そう信じています。
今回の参加を通じて、連合の皆様のお世話になり、有意義な時を過ごさせて頂いたことを感謝致します。

M・S(岐阜市議会議員)

  広島平和祈念式典に参加して
 二〇一五平和広島集会の開始前に千羽鶴の献納がありました。その千羽鶴の多さに圧倒されました。献納台が三台ありましたがそれでは足らず両横に机が置かれその上も満杯になり、机の下に多くの千羽鶴置かれました。
    なんと多くの方たちが千羽鶴を折っていたのでしょうか、その多くの方たちと共にこの「連合二〇一五平和ヒロシマ集会」に参加いたしました。 被爆者団体協議会の坪井直さんの話しがありました。語り部の代表格である坪井さんの話は胸の中にストンと落ちてまいりました。中でもアメリカに行きB二九を見て「この野郎」と思われた事が印象に残っております。広島の被爆者の方たちも原爆が憎いアメリカが憎いのだと。でも怨念の連鎖の輪を断ち切って平和の祈りに変えています。「安らかに眠ってください過ちは繰り返しませんから」私たちは過ちを繰り返してはいけないのです。
「世界が平和でありますように」「日本が戦争に巻き込まれませんように」と誓いを新たにしたいと思いました。
 広島は暑かった。タオルがぐっしょりと濡れていました。でもタオルが濡れたのは汗だけではありませんでした。