『2015平和行動in沖縄』に参加して



N・Y(情報労連)

  6月23日から24日にかけ沖縄ピースステージに参加しました。日本で唯一地上戦が行われ軍人だけでなく多くの沖縄住民が戦闘に巻き込まれ多くの犠牲者を出したことは歴史を学び知ってはいました。
実際に資料館などを回り、本土決戦の時間稼ぎとされ県民が根こそぎ戦争に巻き込まれ、特に学生までもが戦場に動員され多くの学生達が犠牲となった事、ひめゆり平和記念資料館では、一人一人の写真がありその経験したことを考えると胸がくるしくなりました。そして生き残った方も辛く苦難の日々を送ったことを知りました。 戦後70年経ち沖縄はリゾート地のイメージがありますが、世界一危険な空港といわれる普天間基地の問題、日米地位協定の理不尽さ、基地がある為に起こる事故や事件。沖縄県民は今なおその様な問題に苦しみを受けていることもしりました。
今回沖縄ピースステージに参加して、沖縄戦の悲惨さ、戦争の愚かさ、今なお沖縄にある問題をしっかり伝え、アピールしていかなくてはと感じました。

N・U(基幹労連)

  6月23日から25日にかけて連合岐阜平和行動in沖縄に参加させて頂きました。 沖縄本島を訪れたのは二回目でしたが、恥ずかしながら今回初めて、この沖縄が日本国内で唯一の地上戦が行われた地であることを知りました。
 『首里城』、『旧海軍司令部壕』、『ひめゆり平和祈念資料館』、『沖縄県平和記念公園及び資料館』を訪れ、平和を愛した外国との交流が盛んだった琉球王国が、皮肉にも戦地になってしまったことや、暗く息苦しい壕の中で過ごした人々、敵に捕らわれ殺されるならと集団自決された人々、壕から放り出されて行くあてもなく、弾から逃れながら戦地をさまよった人々のことを思うと、いたたまらない気持ちになり自然と涙があふれ、二度と戦争を起こしてはいけない、起させてはいけないと改めて認識しました。
 最終日の平和アピール行進時、バス停で行進を観てらっしゃった現地の方(おそらく)に『遠いところから御苦労さまです』と声をかけていただいたことに感激し、この行進に参加できて本当に良かったと実感するとともに、できるだけ多くの人に戦争の悲惨さ、沖縄が抱える問題を伝えていかなければいけないと思いました。  貴重な機関を与えてくださいました連合岐阜及び事務局の方々に感謝を申し上げます。
貴重な機会を与えて頂いた連合岐阜及び事務局の方々に感謝を致します。

Y・H(基幹労連)

  去る6月23日から25日にかけ連合岐阜平和行動in沖縄に参加させて頂きました。 「過去の大戦において、日本国内で唯一地上戦が行なわれ、軍人・民間人共に甚大な被害が発生した地。そして、現在では日本国土の0.6%でしかない地に、米軍基地全体の73.8%が集めっている半面、リゾート観光地として世界から観光客が集まってくる島。」程度の知識の中で、今回はじめて沖縄を訪れる事が出来ました。
沖縄の空港周辺や市内を一見すると、過去の大戦の悲劇・惨状を垣間見る事が出来ませんが、『旧海軍司令部壕』での自決跡や壕内手堀跡、また『ひめゆり平和祈念資料館』での女学生達の地獄の様な体験談に触れるうち、そして市街に隣接する『普天間基地』の危うさ、『沖縄県平和記念公園及び資料館』では、沖縄戦で亡くなられた方々の氏名が刻まれた数多くの“平和の礎”が整然と並び、その前には花が手向けられている。
また、市街地に行くと一家全員が犠牲となった場所には、現在でも位牌が置かれ御霊を供養している様子を見た時に、どれほどの犠牲を過去に負ったのかを改めて感じる事が出来ました。
 今回の平和行動を通して、「戦争とは非力の者から命・財産を失う、その非力の者とは武器を持たない善良な一般市民であること。」だからこそ戦争を起こす・起こさせてはいけないことを再認識しました。
今後も連合として「沖縄県の基地負担軽減」と「日米地位協定の抜本的な見直し」に向け、沖縄県民の心に寄り添いながら平和活動が進められると思います。組織としてはもちろんのこと、人命が失われる悲劇・平和の大切さなど、肌で感じた事を少しでも広め活動の輪を広げて行きたいと思います。
貴重な機会を与えて頂いた連合岐阜及び事務局の方々に感謝を致します。共に頑張りましょう。

M・Y(JAM)

   今回、戦後70年の節目の年にあたる平和行動に参加することが出来ました。  私の中で沖縄と言えば、青い海と緩やかな時間とリゾート地の強い印象が第一でした。  沖縄の戦争の歴史は、教科書で教わった内容とテレビ番組で知った情報だけでした。
 正直、普天間基地の事にしても、辺野古に移設にしても、自分的にはピンときていませんでした。  実際に戦地跡を訪れたのですが、強いカルチャーショックを覚えました。  現在、何不自由なく平和な日本で暮らせているのは、本土での戦争を避けるために捨石にさせられた、沖縄の方々とその戦争のために命を落とされた兵士の方々のおかげであると強く感じました。
 普天間基地周辺を見てきましたが、本当に市街地の中にあり、住民の方々が不安を持って生活をしているのを目の当たりにしてきました。
 また、日米地位協定に関しては70年も前のものを未だに使用していることは、疑問を感じました。  どれだけ米兵が日本で罪を犯しても、日本の法で裁けないというのは不公平であり、今の時代に合わせて、見直しをするべきです。
 日本領土に返還されていますが、依然としてアメリカに占領されている感じがありました。
 国会の審議時間が80時間を越えたというだけで、法案を通過させてしまってよいのでしょうか。  国民と沖縄県の方々に、しっかりした説明もせずに法案を通過させて良いのか。
戦争の出来る国に変えてしまうのを、国会の数人で決めて良いのでしょうか。  アピール行進の時に、沿道にいたお年寄りの方に「ありがとうございます」と言われて、「やっぱり、深刻なんや」と改めて思いました。  沖縄の為に自分が出来ることは、家族、子供も含め少しでも多くの人に沖縄の現状を伝えていかなければいけないと思いました。
 今回、貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。  また、一緒に参加された労組の方々、また、連合岐阜の事務局様、ありがとうございました。

T・S(電力総連)

 
2015平和行動in沖縄に参加して 沖縄といえば、観光やリゾートというイメージしかありませんでした。私たちの周りの組合員も同様のイメージだと思います。しかし、今から70年前には沖縄で地上戦が繰り広げられ、多くの一般人が激しい戦場の中を逃げ惑い、そして多くの命が奪われたと言う事実を知り、沖縄に対するイメージが大きく変わりました。
今回のぴーすフィールドワークでは、旧海軍司令部壕やひめゆりの塔、平和記念公園などの施設を見学し、当時の生々しい写真や当時の様子を語るビデオを拝見し、二度と戦争を繰り返してはいけないと言う思いを改めで感じました。
特に、ひめゆりの塔では、私の娘たちと同世代の女学生たちが看護要員として戦地に動員され、傷ついた兵士の看病や死体埋葬といった激務の果てに、「解散命令」を受けて激しい砲爆撃の続く戦場を逃げ惑い、多くの教師・学徒が亡くなったことを知りました。 戦争を経験し、戦争の悲惨さを語り継ぐことができる世代も高齢になっており、語り継いでいくことが困難になってきていますが、私たちにできることは、今回見学した施設を一人でも多くの人たちに知ってもらい、観てもらうことだと思います。平和な暮らしが出来ることの喜びを知るためにも、私の家族にもこれらの施設を見学させたいと思いました。
また、沖縄の基地問題についても、本州に住む私たちにとっては「対岸の火事」として関心がありませんでしたが、沖縄県民にとっては狭い領土の中に多くの米軍基地があり、多くの軍用機が飛び交うという危険と隣り合わせの中で生活しているということを聞き、沖縄に負担を強いるような対応ではなく、沖縄県、政府、アメリカの三者でしっかりと話し合い、丁寧な対応をしていく必要があると改めて感じました。
最後に、平和について改めて考える機会を作っていただいた連合を始め、職場のみなさんに感謝したいと思います。

T・K(電力総連)

   今回、初めて連合平和行動に参加させていただきました。  沖縄戦をはじめとする日本の戦争の歴史や平和運動の必要性は、これまでの学校教育でも学んできましたが、学校で学ぶ戦争は歴史の一部であり、経験のない私にとってはどうしても遠い過去の出来事として捉えていました。
 しかし、この2日間を通して、改めて戦争の恐ろしさや悲惨さを痛感するとともに、戦後70年が経った今もなお不発弾処理や基地問題等に悩まされる沖縄の人々の現実を受け止め、戦争の歴史や平和運動について、次世代へしっかり継承していくことの必要性を強く感じることができました。私一人の力ではできることは限られていると思いますが、この2日間で学んだ歴史や現実問題について、あらゆる機会を通じ多くの人々に伝え、共に考えることで、今後の平和運動に少しでも携わることができればと思っています。
 私達が安心して働き、生活していることに感謝しつつ、平和な社会を目指して、自分なりにできる事を考え行動していきたいと思います。
以 上

K・Y(情報労連)

   今回、6月23日(火)から24日(水)の2日間“2015平和行動in沖縄”に初めて参加させて頂きました。
1日目は、那覇市民会館大ホールにて平和オキナワ集会に1300余名が参加し、連合会長の古賀会長や沖縄県副知事の安慶田様のお話しを伺いました。
2日目は、ぴーすフィールドワーク(Bコース)を周り、夕方には国際通りのデモ行進に参加しました。 ぴーすフィールドワークでは、旧海軍司令部壕・ひめゆりの塔・平和記念公園に行き、沖縄の方にご説明を受けながら周りました。その中でも印象的だったのは、ひめゆり平和祈念資料館です。当時犠牲になった方々の写真が複数展示され、写真と一緒にお名前とお亡くなりになった経緯等が記載されており、足が止まりました。 また、夕方のデモ行進では、岐阜で行うデモ行進ではなかった事がありました。一人のご年配の女性に「ありがとうございます」と言われた事です。そのご年配の女性の言葉を受け、そこまで深い考えがなく行進していた自分が恥ずかしく思いました。
今回の“平和行動in沖縄”を通じて学んだ事をひとりでも多くの方に伝える事で、沖縄のより良い未来に向けて微力ながら力になれたらと思います。