2010連合平和行動in長崎

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被爆そして終戦から65年を迎えた長崎市において平和行動が8月7日〜9日に開催され、連合栃木からは、構成組織・地域協議会から9名が参加しました。

今から65年前の昭和20年8月9日11時02分 に長崎に原爆が投下され、一瞬にして約7万4千名が息絶え、7万5千名余が負傷しました。かろうじて生き残った人々も、今もなお放射線障害に苦しんでいる 中にあっても、世界には未だ2万1千発もの核兵器が存在しているのが現状です。

この様な中、7日に連合・原水禁・核禁会議の3団体共同行事として、「核兵器廃絶2010平和ナガサキ大会」が約4,500名参加のもと開催されました。

冒頭、南雲連合事務局長から「被爆の後遺症に今な お苦しんでいる。今後も原爆症認定・在外被爆者・被爆二世三世や被爆体験者などの被爆者施策の充実を強く求めていく」等の挨拶がされました。その後、被爆 者の訴えやピースメッセージ・高校生平和大使の決意・平和アピールが決議され、最後に全員で「原爆を許すまじ」を合唱し閉会されました。

翌8日は連合主催によるピースウォークが開催され、爆心地公園をスタートし、原爆「落下」中心碑や平和公園の平和の泉・長崎の鐘など、当時の状況や原爆投下後の説明を連合長崎女性委員会の皆さんから受け、原爆資料館へ移動しました。

資料館は被爆の惨状をはじめ、原爆が投下されるに 至った経過、核兵器開発の歴史、平和希求などストーリー性のある展示がなされていました。常設展示室には原爆投下前の長崎の街や風景、市民生活、原爆投下 直後の長崎の街の惨状、戦争と核兵器の問題や平和について考えるコーナーが設けられていました。

原爆の威力の凄まじさや被爆された方々の悲惨さを 改めて実感しましたが、ビデオルームで見た「8月9日長崎」(10分)、「ながさき原爆の記録」(20分)、の2本の映像は、熱線・爆風・放射能による原 爆による被害のすさまじさを映し、「核兵器のもたらしたもの」(5分)、「核実験と反核・平和」(7分)の2本の映像は、第2次世界大戦後1946年のビ キニ環礁での核実験以降、米国、旧ソ連(ロシア)、中国、イギリス、フランスの国連安保常任理事国が2,000回を越す核実験を繰り返してきたこと、朝鮮 戦争やインドシナ戦争、キューバ危機、ベトナム戦争などでも核兵器の使用が検討された事実などを改めて認識させられました。

午後からは、「2010 ピーストークin長崎」が3団体主催で原爆資料館大ホールで開催され、400人が参加しました。ピーストークでは「2010年NPT再検討会議における我 が国の取り組みと成果」を武藤義哉外務省軍縮不拡散科学部審議官が報告、「2010年NPT再検討会議の検証および核兵器廃絶に向けた更なる取り組み」と 題して黒澤満大阪女学院大教授が講演、「民主党の核兵器廃絶へ向けた取り組み」を高木義明衆議院議員が行い、最後に「ニューヨーク行動の3団体活動」を浜 野喜史核禁会議事務局次長が報告し、核兵器廃絶への取り組みを強めることを確認して閉会しました。

今回、平和行動に参加して、原爆の脅威や戦争に対し改めて考えさせられた。そして、核兵器廃絶と反戦に向けて取り組んでいかなくてはいけないと強く感じました。
(なんたい地協・忍田功)

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