2010連合平和行動in沖縄

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2010年の連合平和行動が、例年通り沖縄から始まった。「平和行動in沖縄」は6月23日〜24日にかけて開催され、連合栃木から3名が参加。

沖縄といえば普天間基地の移設問題で、鳩山前内閣が退陣に追い込まれる一因となったことは言うを待たないが、良し悪しは別にして、沖縄の基地問題に全国民の注目が集まっていた。

戦後65年が経過した6月23日の沖縄は今年も「慰霊の日」を迎えた(沖縄では自治体の条例で6月23日は休日となる)。この日は日本軍の牛島司令官が 自決し(実際は6月22日の資料もある)、沖縄における組織的抵抗が終了した日とされるが、その後も住民を巻き込んだ散発的な戦闘は続いた。「6月23日 は、本当の慰霊の日ではない」と沖縄の若い組合員の方が言った。

沖縄戦の惨劇については、ぜひ肌で感じ取ってほしい。避難豪として使用されたガマ(沖縄の方言で洞窟の意)に足を踏み入れると、65年前の当時、この中 に充満していた血や汗や油の臭い、人々の呻き声が聞こえてくるようで思わず両手を合わせてしまう。「ぴーす・フィールドワーク」として、ガマなどの戦跡を 案内してくれたのは駐留米軍基地を職場とする組合員の皆さんだ。彼らに戦争体験は無いが、語り継がれてきた平和への強い想いが伝わってきた。また、基地で 働き、家族を養う立場として、「基地がなくなると職場がなくなる。雇用に不安はある」と複雑な心境を語ってくれた。基地とともに生活する人もいる。

沖縄に多くの米軍基地があることでの大きな生活負担もある。米兵による事件・事故も後を絶たない。連合は日米地位協定の抜本改定と基地の整理・縮小を求 め、24日には那覇市内の“国際通り”をデモ行進した。タクシーの運転手さんに「これからデモ行進するんです」と話すと「大いにやってください」と返って きた(宇都宮市内のデモ行進への反応と違う!)。

現在、那覇新都心地区は、米軍施設跡地再開発の成功で目覚しい経済発展を遂げ、県内商業の中心地となっている。新聞には「経済発展を阻む基地」(琉球新報)との文字もあった。基地に依存しない発展に可能性を感じる人もいる。

「平和行動in沖縄」の3日間、梅雨が明けたこの島が、晴れたり、曇ったり、土砂降りにあったり…、複雑な天気で迎えてくれたことも印象的だった。(参加者は、森林労連・鈴木勉さん、日光ユニオン・曽部隆さん、連合栃木・鈴木)

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