「願う」平和から「叶える」平和へ ~平和行動in根室 報告~

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参加報告

  「平和行動in根室」は、その年の連合平和4行動(沖縄・広島・長崎・根室)の最後を飾る。2012年は9月8~9日で開催され、連合栃木4名は連合関東ブロックの一員として参加した(行程は9月7~10日)。

 

電機連合 伊東 晴美 さん (シャープ労働組合栃木支部)

 北方領土問題は、歴史的に一度も外国の領土になったことがない日本固有の領土でありながら、第二次世界大戦の終了直後、ソ連軍が北方四島に侵攻し、日本人島民を強制的に追い出し、ロシアとなった現在もなお不法占拠をし続け今年で67年が経過しました。

 北方四島学習会では、元島民 歯舞群島 勇留島出身の高橋孝志さん(80歳)から“ふるさと北方四島への思い”を伺いました。それは“思い”というよりは“訴え”のようでした。当時14歳だった高橋さんは、「樺太へ強制送還された時の父と母の涙が忘れることができない」と語り、襲いかかる不安と空腹寒さ、恐怖と飢えに寒さが加わる劣悪な環境、およそ人間らしさとはかけ離れた生活を強いられました。

 1991年からはソ連の発案により、島に暮らすロシア人と日本国民との交流を図るため、無査証(ビザなし)で四島と往来できるようになりました。交流の目的は、北方領土問題が解決され、平和条約が締結されるまでの間、交流を通じて日本人と島に暮らすロシア人が領土問題を共有し、相互理解を増進させることで、問題解決に向けた環境整備をすることにあります。高橋さんは、近くて遠い“ふるさと”に30年が経ちやっと墓参りに行くことができたと声をつまらせ語っていました。“ふるさと”の返還を願う涙の訴えに、福島の原発問題で未だに“ふるさと“に帰れない人たちの現状とも重なり、私は目が潤み胸がつまりました。

 同日のニュースにおいて、野田首相がロシア・ウラジオストクでプーチン大統領と会談し、領土問題の解決をめぐり秋に次官級協議に同意しています。解決には、ロシアとの粘り強い外交交渉が必要であり、北方領土問題・竹島問題をはじめ、政治力の重要性を再認識しました。 

 また、元島民の6割の方がすでに亡くなり、高齢化(※)する中で、私たち一人ひとりが北方領土問題を正しく理解し、国民世論を喚起し“つたえ・つなげ・ひろげ”国民の声としてロシア国民にも伝え真の友好関係を構築いくことが必要だと考えます。

 「願う」平和から「叶える」平和へ。そのためには、私たちが歴史から学び、『ふるさとの大切さ』と『平和』への取り組みを引き継ぎ行動していくことが重要なのです。

 (※)2011年3月末現在 人数:7,750名、平均年齢:77.2歳

   2009年3月末現在 栃木県:22名 

  

フード連合 牛久 大輔 さん (全たばこ労働組合北関東工場支部)

 今回、「平和行動in根室」に参加して、北方領土返還を求める多くの人たちの思い、そしてロシア側の対応等について、身をもって体感することが出来ました。

 2日目の北方四島交流センターでは、ロシア人の先生を招いて、ロシア伝統料理の水餃子“ぺリメニ”づくりでロシアの味を知り、その後、「北方領土の現状と問題」と言うことで、北方領土の海の生体の無茶苦茶な捕獲による環境の変化についてや、捕獲した蟹やウニなどを日本へ輸入し資金を得ていることについて等、現在ロシア側が勝手に空港建設を計画、実行している事や、現在も残っている日本の家屋についてなど、今まで知らなかった部分を知りました。

 又、3日目の「2012平和ノサップ集会」では、元島民である高橋孝志さんより、当時の日本人島民全員の強制送還の状況や、現在までの悲痛な思い、叫びなど、誰もが心が痛くなるお話を頂き、私自身、大変憤りを感じました。

 この集会を通して学んだ島民の悲痛な思いや、返還してほしいという願いを、今後少しでも多くの身近な人へ、伝達が出来ればと思います。また、北方領土が無事返還されるよう、自分でも出来ることをやっていこうと思いました。

 それから、北海道でのすばらしい料理の数々の感想です。2日目のお昼に行った厚岸味覚ターミナルでの牡蠣や、港で食べた旬の秋刀魚、ホテルで食べた花咲ガニなど、どれも新鮮でおいしいものばかりで大変満足しました。特に牡蠣は最高でした。機会があれば、個人でも訪れたいと思いました。

 最後に、伊東さん、藤原さん、鈴木さん、また、他県の連合の皆様色々お世話になりました。またお会いできる日を楽しみにしています。 

 

栃木地域森林労連 藤原 佳祐 さん(林野労組塩那森林管理署分会)

 2012年度の連合平和行動に参加させていただきありがとうございました。参加は今回が初めてで、慣れないことばかりで皆さん方には大変お世話になりました。

 今回の北方領土問題ですが、学生時代に社会の授業などで少しかじったばかりで、この深刻な問題を「どうせ返してなんかくれないだろう」と他人事のようにしか考えていませんでした。しかし、講師の元島民の方の話を聞いて改めて日本人が忘れてはいけない歴史の一つだと思いました。北方領土のパンフレットの見出しに「忘れてはいませんか、日本の領土、北方四島を!」と書いてありましたが、恥ずかしながら、その通りでした。

 最後に講師の方が「あの島は皆さんの宝島(私たちにとっては日本の領土としての、元島民の方にとっては自分の生まれ育った故郷としての)です。どうか忘れないでください。語り継いでください」との話を聞いて日本人としての力強い誇りと四島(シマ)への熱い想いを感じて、涙が出そうになりました。

 この日の講話はとても貴重な経験になりました。この日の講話はとても貴重な経験になりました。この日に聴いた話と北方領土のことは忘れません。テレビで北方領土のことが触れられたら自分はこの運動に参加したんだということを思い出して、心から見つめ、人前で話す機会があれば講師の方の言葉を思い出して語り継いでいきたいと思います。北方領土が一日も早く返還されることを心から祈っています。

 

事務局 鈴木 徹也 さん

 根室の平和行動は、ロシア(旧ソビエト)が1945年以来、現在もなお不法占拠を続ける択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島(北方領土または北方四島)の返還を求めて行われる活動である。北方領土が日本固有の領土であることは、歴史や国際法を見ても明らかだ。これらの経緯について詳細は省くが、多くの日本人が再確認すべきであり、また行動に参加した私たちが語り伝えなければならない。

 連合の平和ノサップ集会が開催された根室市「望郷の岬公園」(納沙布岬)からは、天気が良いと北方領土の一部が、海を隔てても肉眼で確認することが出来るそうだ。その目の前の島々から、1949年までに約17,000人の日本人が強制的に退去させられ、この海に見えない壁が出来た。この壁を超える日本船は拿捕され、あるいは銃撃を受ける。この様な危険な海ではなく、元島民が故郷を自由に行き来し、この自然豊かな島々を、日本人なら誰もが自由に訪れることが出来る日まで、この平和行動は継続されるはずだ。

 北方領土問題の解決に向けては、確かに障害は大きい。ロシアが実行支配を強め、多くのロシア人がそこに居住している事実。「二島返還で妥協した方が良いのではないか」、「北方領土問題の解決にはまだ数十年かかる」、「個人に出来る事なんて無いよ」などの意見を持つ人もいるかもしれない。しかし、その言葉を元島民の方々の前で言えるだろうか。

 集会当日の納沙布岬も濃い霧で覆われていた。“待てば海路の日和あり”- いや、待っているだけでは領土問題は解決しない。歴史を理解し、人々の想いを知り、私たちが関心を高めていくことで、外交交渉を強い世論として支援できる。『「願う」平和から「叶える」平和へ』とは、そういうことだと解釈した。

 連合・古賀会長挨拶根室望郷の岬公園返還の日までガンバロー北方領土を理解する1北方領土を理解する2ロシア水餃子づくりに挑戦

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