平和行動in根室  参加者の声(4名)

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澤村 聡 さん(電機連合MEMC労働組合)

 納沙布岬へ到着して目に飛び込んできた風景は、一面が霧で何も見えないオホーツク海でした。前日の北方四島交流センター(二・ホ・ロ)でのセミナーで講師をされていた、択捉島元島民の鈴木さんがおっしゃっていた「近くて遠い島」、まさにそのものでした。この地に立ってみてさらに強く鈴木さんのお話が頭の中に浮かんできました。

 鈴木さんは小学校4年生のときに終戦をむかえ、ソ連軍の侵攻を体験することになりました。敗戦という形ではあるものの戦争が終わり、ほっとできたのもつかの間、ソ連軍先遣隊の上陸が始まったそうです。アメリカ軍が駐留していないことを確認するとソ連軍本体が上陸してきました。約半数の島民は自力で道内へ逃げ延びましたが、残った島民はソ連軍制圧下の中での暮らしがはじまりました。

 この近海は、昆布の水揚げ量日本一、カニや魚の漁獲量も多く豊かな水産資源に恵まれ、島民の皆さんは漁業を中心とした、のどかな生活をおくられていたそうです。択捉島ではビニールハウスの無い時代、地熱によりスイカやぶどうが栽培されていたそうです。

 その暮らしも数日の間に一変し、虐げられた生活をおくることになります。ソ連兵の略奪、財産の没収、水産工場などでの強制労働、反抗者はシベリアへ連行されてしまいました。鈴木さんの近所の方は、お盆休みを1日無断で取得したのがきっかけでシベリアへ連行されてしまいました。さらに島民の皆さんの間で食料問題が広がっていったそうです。ソ連軍が島にあった火葬場を解体し、そのレンガで窯を作りました。その窯で焼いたパンを配給され、島民の皆さんはどんな気持ちで食べていたのでしょうか。そういった中でも島民の皆さんは友好な関係を築こうと歩み寄りの姿勢を示し、努力していたそうです。

 その後、島民の皆さんは根室へ行くと言われ船に乗せられました。行先は根室ではなく、サハリンへ送られ抑留生活が始まります。建物の中に入れずテントで生活していた方もいらっしゃったそうです。寒さや不衛生な環境の中での生活で、日本の土を再び踏むことなくお亡くなりになられた方もいました。のちに島民の皆さんは日本(函館)へ帰れることとなります。その際に厳しいチェックがあり、紙やペン、写真など資料となるような物は一切持ち帰ることができなかったそうです。そんな中、村長さんは骨壺の底に住民台帳を隠し、持ち出すことができたそうです。もし見つかっていたら、シベリアへ連行されていたかもしれません。そんな危険を冒してまでも島民の皆さんの証である住民台帳を守ろうとした村長さんの行動、そして今、この住民台帳があることでバラバラになってしまった島民の皆さんの所在が確認できていることに鈴木さんは大変感謝しているとおっしゃっていました。

 近年ではビザなし交流も行われ、鈴木さんもホームビジットでロシア人の家庭を訪問する機会があったそうです。その際に、ソ連軍が火葬場を解体し、そのレンガで窯を作ったこと、その窯で焼いたパンを日本人へ配給していたことをお話したそうです。話を聞いたロシアの方は涙を浮かべながら、「ロシア人も先祖を大切にする民族です。そんなことをしてしまい大変申し訳ない事をしてしまった」と言っていたそうです。鈴木さんは今まで持っていた憎しみが薄れていくように感じたと話されていました。

 講演後に失礼なのを承知で質問させていただきました。「すでにソ連侵攻から68年が経過し、島で一生を終え先祖がそこに眠っている方もたくさんおられると思います。また島での生活が基盤となっている方たちがいます。返還となったとき、その人たちの生活を奪うことにはならないでしょうか。同じような思いを(先祖の墓参りも簡単にできない)させることにはならないでしょうか。」鈴木さんの答えはこうでした。「今と昔は違います。話し合いを持ってお互いを分かりあえれば解決できるのではないでしょうか。」というものでした。この言葉を聞いて私は、こういう考えの方がいらっしゃれば返還も返還後も大丈夫だと確信することができました。憎しみからは何も生まれません。お互いを理解し尊重して分かりあえれば道は必ず開けると思います。

 北方四島については、解釈や主張、外交交渉など様々な要因が複雑に絡み合っています。しかし、何を思い誰のためにこの活動を進めているのか。これを決して忘れない事です。元島民の皆さんが島での生活を取り戻してもらうこと、このためにいろいろな枠組みをこえ、一丸となって取り組まなければならないと思います。MEMC労働組合の理念「和を大切に、ひとり一人がみんなの為に」まさにこのことだと思いました。今回の平和行動で、見て聞いて感じたことを伝えることが、参加した私の使命だと感じました。

 最後に連合北海道から連合沖縄へ平和運動のシンボル旗がリレーされ、2013年の連合平和行動が終わり、新たに2014年の連合平和行動が沖縄からスタートします。

 連合栃木から2013年の連合平和行動に参加させて頂き、貴重な体験ができたことに大変感謝しております。同行して下さった中澤副事務局長には、労組での問題についていろいろとお話することができとても勉強となり大変ありがとうございました。また、行動を共にした森林労連の鴨志田さん、齋藤さんありがとうございました。

 沖縄から北海道までの連合平和行動に参加された皆さん、現地で学んだこと、感じたことを職場や地域に伝えていただき、恒久平和実現に向けてがんばっていきましょう。 

 

鴨志田 一美 さん (森林労連) 

 今回、9月13日~16日の3泊4日の日程で、「平和行動in根室」に初めて参加させていただきました。

 今住んでいる、栃木県に来る前は、間に茨城県を挟みますが、約10年間北海道に住んでいました。

 集会の名前は聞いたことはありましたが、参加したことは無く、参加してみての感想としては、9月14日の北方四島交流センターで行われたセミナーが大変興味深い内容でした。

 私は、「ロシア風水餃子“ペリメニ”づくり」と「日本の海と領土問題」の2つのセミナーに参加しました。

 水餃子作りは調理実習形式で行われ、実際にロシアの文化に触れることができ、久々に包丁を使ったりして、危なっかしいこともありましたが、上手くできました。

 また、領土問題については、北方四島問題のほかに尖閣諸島問題、そして今使われている海路ではなく、北極海を通る海路についての話がありました。どちらのセミナーも時間が経つのが早く、もう終わりなの?と思う充実した内容で勉強になりました。

 9月15日に行われた、2013平和ノサップ集会については、全国の仲間が一同集結し、納沙布岬・望郷の岬公園で行われました。

 天気が悪く、北方四島は見えませんでしたが、北方四島の返還を誓い団結がんばろうで集会がおわりました。

 台風の影響を受け日程的に大変でしたが、また機会があれば、参加したいと思います。

 

齋藤 常栄 さん (森林労連)

 私は山登りが好きで旧ソビエト連邦時代に中央アジアに山登りに行きました。

 そんなことから、ロシア情勢や北方領土に関心もあり今回、森林労連傘下の分会委員長に話してみたとろ、「参加してみては」とのことで参加させていただきました。

 平和行動学習会のなかでは、北方領土四島は歴史的に見ても日本固有の領土であることを勉強し、各セミナーには「ふるさと北方四島の思い」と題した鈴木咲子氏の講演と「ロシア風水餃子(ペリメニ)づくり」に出席しました。

 特に鈴木咲子氏の講演は、択捉島で小学四年まで生活し、終戦後にソ連軍が進駐してきたときの様子、その後ソ連民間人が入って来てからの生活、日本への帰還など生々しく話して頂きました。鈴木氏の「ふるさとへ帰りたい」という強い思いと、17,000人いた元島民が現在は7,000人弱となったことから、早急に返還してもらわなければならないと危惧していました。

 また、「北方領土を返せ、返せ」と言うばかりでなく、現在、北方四島で生活している人達にも配慮し、ロシア人も住めるようにするなど対策をたてる必要があるとのことでした。

 鈴木氏のふるさとへの思いと返還への行動力に強い感銘を受けました。

 セミナー第2部では、「ロシア風水餃子(ペリメニ)づくり」にも挑戦し、餃子の皮が少し固かったですが美味しくいただきました。

 北方領土返還にあたっては、国同士の交渉も大切ですが民間交流も大切と考えます。私も今後は平和行動に参加しつつ、カムチャッカ半島や択捉島の高山植物を観に行くなどをしてみたいと思います。

 最後にご一緒頂いた責任者で連合栃木の中澤様、電機連合の澤村様ありがとうございました。

 一番の思い出は4日間楽しく過ごせた事です。

 

中澤 弘之 副事務局長

●連合栃木の平和行動方針「2012・2013運動方針」より 『6月~9月を平和行動月間として、沖縄・ヒロシマ・ナガサキ・根室の平和行動に参加者を派遣するとともに、「平和の集いinとちぎ」を開催し、広く平和についての啓蒙に努める』

 台風が近づく中帰ってこられるかを心配しながらではありましたが、9月13日(金)から16日(日)3泊4日の日程で「2013平和行動in根室」へ連合栃木からの参加者3名の引率をかねて参加してまいりました。

 私は根室の参加は初めてではありますが、これまでの連合の運動、マスメディアを通して北方四島問題の概要については理解しておりました。

 今回の平和行動参加における私のミッションは、連合栃木の運動方針にあります、「広く平和についての啓蒙に努める」にあると考えました。

 この啓蒙に努めるためには、関係者の生の話を聞くのがベストと考え、14日の北方四島学習会では、元島民の鈴木咲子さんの「ふるさと北方四島への思い」を選択して講演を拝聴しました。

 終戦直後、ソ連が侵攻してきて占領されたことは知っていましたが、それを少女の島民として体験され、恐怖、怒り、寂しさの中、故郷を後にしたつらく生々しい話は私の想像をはるかに超えるものでした。

 私が親の世代から聞かされていた戦争体験と相通ずるものがありますが、故郷への思いは増す事はあっても消えることはないとの鈴木咲子さんの訴えが深く心に染みました。

 今回の平和行動参加を契機に、私のミッションとして今後の労働運動の中で平和の大切さ、平和は国民の意思として声を出し運動が必要であることを広めていこうと思います。

 最後に、今回の平和行動に連合栃木代表として参加させていただいたこと、それから一緒に行動していただいて引率の私を支えていただいた、電機連合の澤村聡さん、森林労連の鴨志田一美さん、齋藤常栄さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

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